独り言03

アンテナ
今や…世の中はボタンの掛け違いだらけ
社会(世の中)は教科書的なマーケティングの結果賢い消費者
を育成してしまった。
お客様は売り手の意図(罠)に気付く抵抗し、うまい話の裏を
見抜き、大幅値引きでなければご来店して頂けなくなってきた。

業界ではクーポン券がばらまかれキャンペーンと言うなの「集金術」が定期的に行われるようになった。
その結果、サロンジプシーと言う現状を媒体と創り上げていったのだ

「クーポンで来たお客様はクーポンで逃げる…間違い無い」
そう、同じ商品ならもっと大きな値引きをする所に行くのは必然で誰も攻められません。

新商品を紹介、初回価格と言って値引き…これまた同じ商品ならやっぱり、安いところへ行く。

そんな無意味な競争に巻き込まれない方法はないのか?
他に真似できない自店のオリジナルを完成させなきゃ…
やっぱりココでなきゃって言わしめる「必殺技」を身につけなきゃサロンの維持は難しくなる。


お客様はさがしてるよ!一生つき合ってくれるサロンを
「いい人ぶりはやめよう!」表面のつき合いは…長続きしない。

お客様は見え見えのサービスやマニュアルに習ったものも…
うんざりしてる。よほどのことがないと感動はしないのが現状。

オープンして15年多くの出会いと多くの別れがお客様とあった。
見栄を張ったことでご来店頂けなくなった事や…
転勤、失敗…しかし、離れて行ったのはそれだけの理由じゃない。

私達が忘れたのかも?お客様から忘れられたかも?
慣れすぎ?飽きられた?もう、求めるモノに応えられない?
もっとも大切なこと…お客様との関係(絆)がいまいち…
恋人にだって夫婦だって他人同士なら倦怠期はある。
嫌いになった訳でもないが…何となく?
魅力を感じなくなったから…オーナーが年取った?

もっとお客様に興味をもとうよ!スタイルを提案しようよ!
自己猛省する今日この頃です。

g-oでは今、一生つき合って行けるサロン創りを取り組んでます。
| おやじの独り言 | 18:05 | - | trackbacks(0) | pookmark |

独り言02

アンテナ
2003年2月にリニューアルしました!
 2003年2月に「永遠の未完成」を合い言葉にヘアーショップg-oは生まれ変わりました。「ローリングストーンズ」の名前の由来のように「転がる石にコケは生えない」「流れる水は腐らない」我々も時代と共に「コンセプト」も変わらないと
13年経った今ではお客様に欲しく無いモノを無理矢理押しつけてしまっていたのでは?自己反省しました。今回の改装で彼は「美・癒し」を奏でる癒し空間を提案する事にしました。

マイナスイオン?
今回は、壁紙も蛍光灯の光を当てると「マイナスイオン」が発生する?
こだわりにも載っている。マイナスイオン発生器。(現在はプルシオーネ使用)
なぜ?彼自身マイナスイオンは「まゆつば」モノと言ってました。
しかし、あるディーラが持っていた発生器を利用したスタッフが「ち・ちがう」ストレートやカラーがパーマーがトリートがそうです。薬液の効果を最大限に引き出してくれるのです。

「これは、お客様にお伝えしなければ」即、導入し、スーパーストレートをさらにバージョンアップさせることに成功しました。「縮毛矯正」から「美髪ストレート」に進化をしました。
「縮毛矯正の駆け込み寺」的存在になっていい気になっていたかも?最近は本音で言うと毛先がスカスカで1本の毛髪で「ここまで条件が違う?」新生部とブリーチの差がすごすぎできれいにする自信が揺らいでました。いきなりプレスでは焦が
してしまうのは火を見るより明らかだ。この問題を解消するやつを真剣に探してました。「アトミカプロ!」と出会えて幸いでした。
(メンテが悪く2年で交代です)

独り言
最近の美容師は「シロート目に少しばかりの違いなどわかるはずがない」と考えコストダウンに成功して威張ってるやつや「ダンピング」で本当の価値観を見失って「苦労して覚えた技術」を自ら「安売り」するやつが多くなり悲しい。

本音は我々美容師はお客様の「ありがとう」が聞きたいと思うんだ。だから毎日遅くまで練習してんじゃないの?思い出して欲しい「最初のお客様を担当したときの気持ち」を…

デフレが起こしたお客様とのボタンの掛け違い。
本当はお客様も「ありがとう」を言いたくてしょうがないのに美容師が応える事ができず「うそつき」になってしまって
るのが現状かな?「うそつきにままでいいのか!」
結果を出すためにチャレンジしよう

正直もの
我々は今こそ「エゴ」を棄てその場しのぎの「嘘」も辞め
真実をお伝えする事に徹せねばボタンの掛け違いは修復ができ
ないそればかりか溝は深まるばかり。

だから
我々を育てて下さい。もっと要望を言って下さい。
困ったときにやってくる「きっとあなただけのヒーローに」なりたい
| おやじの独り言 | 18:03 | - | trackbacks(0) | pookmark |

独り言01

アンテナ
Hair Shop G-O.「ジーオーって?

今から20年前、18歳で大分商業を卒業した植木 俊文は家業である理美容業を継ぐことを決意し、ひとり北九州へ修行の旅にでる。
当時をを振り返ると、聖子ちゃんヘアー、マッチヘアー、俊ちゃんヘアーと有名美容室でないと…踊らされた

そして皆、判で押したようなヘアスタイルが美容室、理容室で量産されていった。
男が美容室に行きはじめた頃である。また、お客様の声に耳を傾けず「今、これが流行ってるから」とスタイルを押しつけ売上ノルマに追われたデザイナー気どりの勘違いヤローが増殖し業界事態がバブルな時代に突入したころでもあった…
80年後半の出来事

そのころの、植木は使いパシリ「今にみちょれ」と、これらすべてが、後に植木(アンテナ)のターニングポイントとして、大きな意味を持つことになる。

10代はヒーローマンガにあこがれジョー、飛馬、タイガーマスク、ウルトラセブン…そこで植木が学んだものはヒーローはいつもピンチだ、敵は自分よりズーット強い、挫折から這い上がってくる!
自分だけが超える事の出来る問題にぶつかりそれを乗り越える、決して逃げない。そして、死なない愛する者の為に戦うおまけに貧乏だ(自称:ヒーローの定義)


いくら毎日練習してもお客様に触らせてもらえない。年功序列の徒弟制度、縦社会のなごりに反発した。

植木は「出る釘は打たれる、出過ぎた釘は打ちにくい、もっと出ると引き抜かる」を座右の目として日々を暮らしてた。

当時の彼は、やつ(先輩)よりうまいのに練習してるのになぜと不満をぶちまけた。師匠の岡田隆行(故)は「その、おごった気持ちが無くなるとお客様がつい
てくよ」と彼自身を受け止めてくれた。(言い返すことができなかった)
これが、彼にとって大きな夢を膨らませた。

彼は「延びた髪を切ればいい」から「ヘアスタイルを創造しお客様とのカウンセリングと言うセッションで創り上げること」と職人の魂とも呼べるコンセプトを感じ取ったのだ。22歳の頃。

北九州で5年の修行を終え今度は、江戸へ腕試しの旅に出ることを決意した。
東京での生活はプロ意識に目覚めヘアーコンテストで1位になるために365日トレーニングに明け暮れた。

ライバルが練習してるかも?そんな不安にかられるなか布団に入ってうたた寝の途中でも恐くなったら練習をしてた。

そして、彼は、幾つかのタイトルを手に入れることが出来た。
植木はコンテストを通じて様々な経験を重ね、歳をとっていく。

いろいろなことを経験するわけだが、二つだけ彼は人と違うことをしていた。一つは“審美眼”これを磨きに磨いた。妥協は許されない。どのような“モノ”でも、本物だけを求め続けた。


二つ目は、彼はコンテストで多くの人に助けられ自分だけで生きてるのでなく、活かされてる事を実感した。植木は「コンテストは人を創る」と明言し今ではスタッフ教育に取り入れてる。技術がうまいだけではお客様は満足しない「自分の心を磨くのだ」と

そして、26歳満を期して植木は自らの手によるブランドg-oHair_GENIAL OFFICE「心温まる、お店」ストレス解放区をOPEN。その、5年後の97年にはスーパーストレートエステを発表し多くのくせ毛の方に歓ばれた、しかし、近年ではくせ毛
をストレートにすることはさほど難しいことでは無くなったと同時に縮毛矯正による事故とも言えるスカスカ、ちりちりの毛さらに、ハイトーンのカラーが世間に蔓延し毛髪のダメージはもう限界に!「Hairでめしを食わせてもらってるのにいたわりの心が(泣)足りない」と職人気質はさらに向上し「髪を極力切らずに、健康な状態を取り戻したい」と新トリートメントに着手。
現在のクライアントの悩みを我が悩みとしくせ毛、ダメージヘア、抜け毛と戦い続けてる。
| おやじの独り言 | 17:57 | - | trackbacks(2) | pookmark |

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